音楽のある生活。

戦地の中での希望

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今から50余年前。戦争さなかのシベリアに、一人の若いバイオリニストがいました。

当時シベリアには捕虜収容所がありました。その時代の若者がみなそうであったように、NHKの首席バイオリニストだったその男性も、例外なく戦地に赴き、戦局の流れにより、はるか遠い地で捕虜となって身柄を拘束されていました。敵地の中での捕虜生活は、大変厳しいものでした。青年は故郷を思い懐かしむ多くの捕虜仲間のために近くにあったベニヤ板と木片で、即席バイオリンを作り、日本の曲を演奏しました。捕虜仲間は涙を流しながら、故郷の音楽に聴き入り、音楽に合わせて歌いました。

バイオリニストは強く思いました。「音楽は一部の人のためのものではない、すべてのひとのものである」ことを。そして、今まで以上に熱い情熱が生まれました。

音楽は人間の希望となる。すべての人々に音楽を。

誰でも学べ、誰でも楽しめる、音楽創造の場

1026.JPG…戦争が終結し、バイオリニストは東京に戻り、決意を固めました。そして彼は昭和27年、東京都大田区に蒲田音楽学園の前身となる、蒲田音楽文化教室を開きました。設立から50余年。蒲田音楽学園は地域の人々から愛され、大きく成長しました。今、私は二代目園長です。発祥の地である本校、駅至近の東口センターの2ケ所を中心として指導を行っており、その内容は伝統あるバイオリンを筆頭に、ピアノ、フルート、声楽などのクラシック科目、ギター、ヴォーカル、ドラムなどのポップス科目、邦楽など、多岐にわたっています。

初代園長のポリシーは変わることなく、“誰でも学べ、誰でも楽しめる、音楽創造の場”として生かされています。小さな子どもから、バイタリティあふれる大人達まで、あらゆる方々が当学園で音楽を楽しんでいます。じっくり取り組む個人レッスンを基本に、気軽に音楽を学びたい方のためのグループレッスンや、合奏を楽しみたい方のためのアンサンブルクラスなど、さまざまなコースを展開し、またあらゆるニーズに応えられるよう努力をはかっています。生徒の多くに、コンクール入賞者や音楽大学卒業生がおりますが、生活の中で音楽を楽しんでいる生徒もまた数多くおります。音楽を愛する姿勢に、どちらにも優劣はありません。

一人の若いバイオリニストの熱い思いが結実し、ひらかれた『音楽創造の場』。蒲田音楽学園は数多くの生徒に、音楽の素晴らしさを伝え続けていきます。過去も、そして未来も、音楽の素晴らしさは永久に変わることがありません。

山 田 皓 一 <Kouichi Yamada>

蒲田音楽学園 園長
社会福祉法人扶壮会 理事長
(蒲田音楽学園保育園・久が原ハーモニー保育園)
㈱東京ハーモニックス 代表取締役
全日本家庭教育研究会 東京・大田支部長

幼児教育研究家、作曲家。
昭和16年、東京生まれ。
昭和39年、父の後を継ぎ幼稚園の園長となり幼児教育に専念。平成11年、これからの時代に合わせるべく保育園に切り替えを決意し、多くの困難を乗り越え平成19年、社会福祉法人設立、理事長に就任。現在大田区に2園の保育園を運営する。
また子どもの歌をはじめとして、校歌、社歌など数多くの作曲を手がける。中国残留孤児のために作曲した「風の子守唄」は、厚生省援護局指定キャンペーンソングに指定される。
1999年、大田区で初めて本格的なベートーヴェン第九交響曲の演奏会を実施。以来、カンボジアの対人地雷廃絶運動と連動したコンサートは、大田区恒例の行事として毎年夏に行われている。
幼児が楽しく遊びながらバイオリンを学ぶことができる山田皓一編著の「幼児のためのはじめてのバイオリン」(音楽之友社発行)が全国楽器店にて絶賛発売中。
日本弦楽指導者協会々員、日本作曲家協会々員

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